[チーニー]セミブローグ R3285/3888F

[チーニー]セミブローグ R3285/3888F

詳細情報

  • メーカー: CHEANEY(チーニー)
  • 定価: ¥ 52,500(税込)
  • 価格: ¥ 52,500(税込)
  • ウェア&シューズ/メンズ
 

商品の説明・レビュー

Amazon.co.jp 商品紹介のレビュー

   1886年、JOSEPH CHEANEY社は設立された。
   初代ジョセフ・チーニーは会社を設立する数年前までB.RILEYという工場の工場長をしていた。ヴィクトリア女王在位39年目の年、彼は運を試すためにノーザンプトン州のデスバラ-駅に続く通りにJ.CHEANEY,BOOT & SHOEMAKERSと言う名の小さな工場を開いた。



   ノーザンプトンは高品質の革靴の産地として、世界の識者には良く知られているが、特にここ50年ほどでその評価は高まっている。しかしながら、1つの産業としてそのように高い評価を得るには実際にはもっと時間が掛かっている。

   1800年代になり、初めて家内工業的な靴生産が徐々に合理化され工場化された生産が始まりた。ノーザンプトンにはきちんと組織化され100年以上運営されている工場が数多くあるが、偶然というか、極めて希なことだが全ての工場が高級紳士靴の生産を行っている。

   1800年代の後半は幹線道路沿いに並ぶ小さな町や村が靴産業に支えられ発展していた。そしてチーニー社のあるデスバラー(DESBOROUGH)もそのうちの1つ。その当時地元の多くの人々は革靴製造に従事していたが、それらは組織だった製造方法ではないだった。彼らは自宅の庭の片隅にあるSHOP(ショップ)と呼ばれる小さな作業場で靴製造に必要な一行程のみを作業し、次の作業工程の為にその半製品を別のSHOPに送っていた。完成するまでに幾つかのSHOPの行程を経た靴は最終的に中央の集荷所に集められ出荷されてゆきた。集荷体制が完備する以前には地元の顧客のみ対象とした地場産業だったが、デスバラー及び他のノーザンプトンの都市が大都市に続く幹線道路に面していた事、また鉄道の便も良かったこともあり、産業としての靴製造が確立された。そのような状況の中で、一時デスバラーでは7つの工場が稼動していた。

   1890年にジョセフの長男のARTHUR(アーサー)が入社しそして1896年、現在の工場に移転した。この新工場移転により靴製造に必要な全ての行程が一カ所で行われるようになりその後の40年近くにわたり飛躍的な成長を遂げた。

   1962年新工場が拡張されるまで、チーニー家の邸宅は工場の敷地内にあり、またジョセフ・チーニーは地元の議員としてまた敬虔なクリスチャンとして良く知られ積極的に地元に貢献していた。

   第一次世界大戦の頃のチーニー社の生産量は約2,500足/週で、その後順調に合理化を行いながらその後3代にわたり靴製造に専念し現在に至っている。

   現在のチーニー社では200人以上の従業員を抱えるまでに成長し、高度な技術を駆使し、又よりきめ細かいマーケット・ニーズに答えられるよう生産体制が整えられている。そして英国内のみならず世界各国への輸出も手掛け品質の面でも高い評価を受けるようになっている。
 

同じカテゴリーの商品を探す