
平均評価: 4.5 / 60件のユーザーレビューがあります
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混 沌 (2008-09-21)初めて読むのに「前に読んだことある」と思う所が、何か所も出てきました。吉岡忍著『墜落の夏』と同じことが書いてあるのです。
誰が何を何から引用したのか、私にはわかりません。
この本も、どこまでが筆者の体験で、どの部分が引用なのか、さっぱりわかりません。筆者は、後世に残すべき重要な体験をしています。筆者が体験したことだけを書いて欲しかったと思いました。そして、どうしても引用する必要があるのなら、引用した箇所や出典を明らかにすべきです。
本書は、涙なくして読めないところがあります。
その部分は引用ではなく筆者の体験だったと、良い方に解釈して
星3つ。
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涙なくして読めません(2008-09-06)これは名本と言えるでしょう。評価は5つ星です。
事故当時私は大学生で、日本国内でジャンボ機が行方不明になるという異常事態と犠牲者520名という事態の重大さからこの事故が強く印象に残り、その後事故関係の本を多く読みました。世に多くの書が出されてますが、その中で一番印象に残った本です。
遺体の状況の壮絶さが文章でリアルに表現されてますが、著者の”真実を伝えたい”という気持ちが素直に通じてきて、グロテスクさはそれ程感じませんでした。
少年が父親の遺体と対面した際、泣くのを必死に我慢している状況や幼子の頭部に看護婦がやさしく言葉を掛けるシーンでは、涙で文字が読めませんでした。本来この手の書は決して読まない妻と母親も涙を流しながら読んでました。
読んだ後、必ず何かが心に残る書です。題名だけで判断せず、是非読んでみて下さい。
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いまでも飛んでいるボーイング747(2008-08-16)本書は1985年8月12日に群馬県の高天原(たかまがはら)山系の無名尾根(通称、御巣鷹山の尾根)に墜落した日航123便の全遺体の身元が確認されるまでの127日間を記録した唯一の本であり、航空機事故の犠牲者の遺体がいかに想像を絶するものか、また、当時検屍にあたった医師、看護婦、警察官及びその他の関係者の過酷きわまる任務を克明に描いたものである。特に胸を打つ最初の文章は、検屍が開始され毛布の中から塊様のものを少しずつ伸ばしたり土を落としてゆく過程で、おむつがあてがわれた二歳の幼児であることが判明する。その際に遺族の身元確認のため写真を撮っていた若い巡査のシャッターの指が止まり、涙で焦点が合わないと泣きべそをかいている…というくだりである。この事故は日米の政治的判断によってボーイング社の修理ミスによる隔壁破壊が原因で垂直尾翼及び周辺部(特に油圧系統)が損壊したためにコントロールが効かなくなり墜落に至ったとしている。123便に関する類書を読んでいると明らかに構造上の欠陥であることがわかる。いまでも政府専用機を含めた747が飛んでいるが、うがった言い方をすれば日本の政府専用機やエアフォースワン(米政府専用機)だけは構造上の欠陥を直して飛んでいるのだろうか?犠牲者のご冥福をお祈りいたします。
航空機事故の現実を知る(2008-08-12)当時はそれほどの航空機事故だと捕らえることができない程度のお子ちゃまでした。
航空機事故としては最大の乗客乗員520名という方々が亡くなられたわけですが、その経緯などはさまざまな場面で紹介されている。
また、通常は公開されないボイスレコーダーの記録(http://members.at.infoseek.co.jp/tinsukou114/JAL123.swfなど)もネット上に流出し、何とか当時の記録をそのまま残し(ボイスレコーダーの記録は事故後何年か経つと処分されてしまう)、後世に伝えよういう動きがあることもご存知の方もいらっしゃるだろう。
今回読んだ本は、その日航機墜落後、遺体の回収から検死、身元確認、遺族への引渡しなどがどのように進んだのか。また、それにかかわった人たちがどんな心境であったのかなどがつづられている。
著者は群馬県警の警察官で、当時、身元確認班長だった方。
完全遺体(全身の状態がわかるような状態の遺体)はほとんどなく、部分遺体や断裂遺体の状態、ただの肉の塊をほぐしていく作業なども克明に記録されている。
指一本だけの身元確認なども印象的・・・・いゃ、印象的という言葉は的を得ていない・・・・とにかく、私の稚拙な語彙では表現できない。
このような書籍は何冊か読んだ事があるが、これほどまでに凄惨なそして悲しみの伝わってくる本はない。
これを書くために数ページ読み返してみたが、すべてをもう一度読むには気分を落ち着かせねばならない。
そんな衝撃的な一冊です。
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「520人が死んだ」。これだけでは何も理解したことにならない(2008-07-08)520人が死亡した墜落事故。遺体は、ある体育館に集められた。完全なものもあれば、あるいはバラバラのものもある(その悲惨さは本書に詳しい)。夏の猛暑の密閉空間。猛烈な死臭が充満する。遺族は泣き叫び、時に激しい怒号を日航社員に浴びせる。悲しみと不眠の作業の中、強い意志で医師、看護士たちは身元確認を粘り強く行う。周囲にはマスコミの目もある。関係者の誰もが過労でいらだち、わずかなことでももめごとがおきるピリピリとしている。日常と比較して信じられないくらい異常な、極限状況だ。とりわけ、「におい」のすさまじさは、この事故に思いをいたすときに、想像から欠いてはいけない重大な要素のような気がして、読後の強い印象となった。
この事故は私が小学校のころに起こった。当時は「日航機が墜落し520人が死亡、4人だけが生き残った」という風に頭で理解していたが、この本は、それが具体的にどういうことだったのかを、遺体とかかわるものの観点からつぶさに教えてくれた。どの箇所を読んでも涙なしには読めなかった。とりわけ、悲しみや、遺族への同情で、医師、看護士、警察など関係者が涙するのを読む場面では。
当時の関係者の中には、事故で人生観が変わったと言うものも多いそうだ。今われわれは本書を読むことで、それに酷似した何らかの変化を自分の内に感じるのは間違いない。極限状況についてはフランクルの『夜と霧』が名高いが、これとはまた別種の極限状況をあぶりだした秀作として、本書が多くの人に読まれることを望んでいる。
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