カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)

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ユーザーによる口コミ・評価

平均評価: 4.5 / 38件のユーザーレビューがあります

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評価: 5 こんな私でも読み通しました。(2008-12-02)

 全5巻読みきりました。他の翻訳で何回か読み始めたことはありますが、100ページ以内で投げ出していました。些細なことは別にして、読みきれたということだけで☆☆☆☆☆です。
 この作品は著者の5ページほどの序文がついていてそこには「主人公は偉大ではなくこの物語を書く意味があるのだろうか」とか「最初の物語の2ページめで投げ出しても良い」などがあり、作品に付き合う覚悟の程を試されているようです。読後、気がついたのですが第5巻に60ページほどのエピローグがあります。最初にここを読むことをお勧めします。全体の雰囲気が凝縮されています。最後に主人公が子供たちに伝えるメッセージはこれだけで感動的です。
 翻訳の亀山先生は解説で音楽的な要素があることを強調されています。私は交響曲などより「フィガロの結婚」「ドン・ジョバンニ」のさまざまな性格の人物があるがままに生き生きと活躍するゴージャスな世界「魔笛」「マタイ受難曲」の神秘的、瞑想的な音楽を感じました。サスペンス(今日の科学捜査を前提にすればナンセンス)、恋愛、宗教、哲学などの要素を含む長大な作品をこれだけ飽きさせず読ませるというのは音楽を意識しながら翻訳されたためだと思いました。一読、いや二読、三読をお勧めします。

6人中3人がこのレビューを参考になったと投票しています

評価: 3 19世紀の人々はこの大作をどのように読んだのだろう(2008-08-17)

文体は饒舌で情緒的、観念的。登場人物は歓喜し絶望し冷笑し絶叫する。その感情の起伏はジェットコースターのよう。

あらすじ的には父親殺しを巡る推理劇と言えなくもない。しかし、メインプロットとはどうみても無関係に思われるサブプロット、ディテール、登場人物が、要するに枝葉がこれでもかとばかりに繁茂している。いったい今読んでいるこの部分は、この大木の幹につながっているのだろうか?とたびたび不安になり、うんざりしてくる。
たとえば神の存在について登場人物が開陳する持論。それが、先述の「過剰な」叙述でもって延々と描かれる。

第5巻の大半が費やされる訳者による「解題」によって、そうした「うんざり」の大半が相応の意味付けを与えられはするのだが、もし解題なかりせばとんでもない徒労感が読後に残ったことだろう。

ところで、本書が世に出た19世紀ロシア(もくは欧州)の人々は、この大作をどのように読んだのだろう。
もちろん解題などないわけで、その中でこうした収まりの悪い「過剰な」エピソードやディテールをどう咀嚼したのだろうか。
少なくとも現代日本のスピード感や文化的問題意識においてはどうにも向きあうことのシンドイ諸々の内容も、当時のロシアの人々にとっては同時代性を持った切実なテーマとして捉えられたのかもしれない。
また振幅の激しい感情をもった登場人物のキャラ設定も、当時のロシアの「情緒」からすれば別段の違和感はなかったのかもしれない。
そうとでも考えなければ、この壮大すぎるストーリーをそのまま受け入れるなんてことは出来ようもないと思われてならない。

とはいえ、この作品に触れておくことは「読書経験」としては決して無駄ではあるまい。
その意味でも本書は一読の価値はある。
もう一度読め、と言われたら「ご勘弁を」かもしれませんけど。

5人中4人がこのレビューを参考になったと投票しています

評価: 4 これまでの読みにくさがかなり払拭されている(2008-08-03)

 過去、新潮文庫にドストエフスキーの作品が山脈のように連なっていた。「罪と罰」「白痴」「悪霊」「未成年」・・・・、いずれも大部で読破した作品もあるし、挫折した本もある。
 カラマーゾフはその中でも特に長く、名作といわれながらこれまで読んでいなかった。

 1巻目を読了したが、これまで読了を阻んでいた「呼称の複雑さ(正式名称や愛称、父称などロシア人の名前はややこしい)」「訳文独特のわかりにくさ」はかなり払拭されていて、読みやすかった。
 また巻末に、当時のロシアにおける宗教の情勢やドストエフスキーの宗教的スタンスも記されており、作品自体の理解を助けている。

 文章のつながりの悪いところがいくつもあるが、これは原文のせいであろう。ドストエフスキーは悪文家だったとどこかで読んだことがある。

 それにしても、愛憎が錯綜するカラマーゾフの一家を巡る面々、これからどうなるのか非常に楽しみである。人物描写はさすが。
 

 

21人中6人がこのレビューを参考になったと投票しています

評価: 2 出版社が言うほど優れた訳ではありません(2008-07-16)

出版社は、画期的な新訳と宣伝しますが、翻訳臭のする文体で書かれたふつうの訳文です。昔出版された本をお持ちの方は、わざわざこの本を買ってまで読む必要はないでしょう。「昔、途中で挫折したが、今回は読めた!」という方は、年齢を重ねてこの小説の面白さがわかるようになったということであり、この本のおかげではないでしょう。

16人中13人がこのレビューを参考になったと投票しています

評価: 1 誤訳余りに多し、全面改訂を(2008-06-12)

週刊新潮5月22日号で取り上げられているとおり、この訳書にはおびただしい誤訳がある。指摘した「ドストエーフスキイの会」のHPによると、誤訳・不適切訳は、検証された第1巻だけで100以上。全巻では数百箇所に上るという。しかも、その多くが初歩的誤りであり、チェックの杜撰さは否みようがない。実際、誤訳のほとんどは先行訳では正しく訳されているのである。

それだけではない。その後の対応に不信が募る。1月末以降、訳者・出版社は、指摘をなぞり、脱落も含めて第1巻の40数箇所を第20刷と22刷で訂正している。ところが、このことは明記も公表もされていない。しかも、上記週刊新潮で誤訳訂正について質された訳者は、「ケアレスミスが10箇所程度。その他は解釈の違い」と弁明しているのである。残念ながら、これは事実に反する。現に40箇所余りを訂正しているのがその証拠であり、また、その大半は上述のように「解釈」以前のレベルの誤訳だからである。

問題は更にある。訳者は、先の弁明の如く大量誤訳の事実を認めていない。従って、第1巻の残り、そして、巻を追って増すという第2巻以降の膨大な誤訳はいまだ手つかずのまま増刷され続けているのである。

苦しいことではあろうが、訳者・出版社は、誤訳の実態を率直に認め、もう一度原文に立ち返って全巻を徹底的にチェックし直すべきである。そして、できるだけ早く改訂版を出してほしい。それが、読者、また、作品に心血を注いだ原作者に対して果たすべき道義的責務ではないか。なお、誤訳の中には、読解不足に由来するものもあり、また、恣意的誤訳も散見する。これらも是非正して頂きたい。

ドストエフスキーの魅力を広く世に伝えた訳者の功績は大であり、読みやすさを目指した新訳の意図に異論はない。問題は、翻訳の基礎がおろそかだったことである。これでは、作品の読みを深めることは出来ない。新訳が信頼できる翻訳に生まれ変わることを願いたい。